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【トップインタビュー】日本での企業文化を創りながら8ブランド展開…FCA・PSA日本法人 ヘグストロム社長兼CEO

FCAジャパン代表取締役社長兼CEOのポンタス・ヘグストロム氏(以下敬称略)が、グループPSAジャパンの代表取締役社長も兼務し、合計7ブランド(導入待ちのオペルを含めると8ブランド)を見ることになった。そこで、ポンタス氏に経歴や今後の展開についてお話を伺った。

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FCAジャパン代表取締役社長兼CEO、グループPSAジャパン代表取締役社長のポンタス・ヘグストロム氏
  • FCAジャパン代表取締役社長兼CEO、グループPSAジャパン代表取締役社長のポンタス・ヘグストロム氏
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  • FCAジャパン代表取締役社長兼CEO、グループPSAジャパン代表取締役社長のポンタス・ヘグストロム氏
  • フィアット X1/9
FCAジャパン代表取締役社長兼CEOのポンタス・ヘグストロム氏(以下敬称略)が、グループPSAジャパンの代表取締役社長も兼務し、合計7ブランド(導入待ちのオペルを含めると8ブランド)を見ることになった。そこで、ポンタス氏のこれまでの経歴や人柄、そして今後の展開についてお話を伺った。

◆クルマが身近にあった子供時代

ポンタスさんは、スウェーデンで生まれ、両親の仕事の関係で4歳から様々な国に引っ越しをしたそうだ。両親の仕事は自動車関係だったことから、常に身近にクルマがあり、また、食卓の話題もクルマが多く、様々なクルマに触れる機会も多かったという。

18歳になり免許を取得。両親のクルマに乗っていたが、20歳の時にワーキングホリデーでオーストラリアに友人といった時に、リセールが良くて手放しやすいからと共同でオレンジ色のボルボ『240セダン』の中古車を購入。これが初めての自身のクルマだった。それからは思い出せないくらい(本人談)多くのクルマをドライブしたそうだ。

そんなポンタスさんが免許を手に入れた頃は、馬力やデザインの好き嫌いが大きな要素で、フィアット『X1/9』が憧れだったとか。また、アメリカに住んでいたころはシボレー『コルベット(C2)が格好良いと思っていたと振り返った。フィアット X1/9

◆自動車と日本は私の核心

ここからは、クルマ関係の仕事に就いたきっかけや、日本に対する思いなどについて細かく語っていただこう。

----:最初からずっとクルマ関係のお仕事を続けて来ていまが、なぜクルマの仕事を選んだのですか。

ポンタス:大学を卒業して当然どこに就職しようかなと、クルマを含めて色々な産業の会社の面接を受け、合格通知をいくつかもらいました。その中に入りたいと思っていた上位のサーブがあったのです。そしてそのサーブで得た職務が、日本に来て仕事をすることでした。まさに最初の仕事が私のその後の人生をかたち作った、決定付けたと思っています。つまり自動車に関わるということ、そして日本に関わるということ。この日本と自動車というのは25歳以来、私の人生の核心になっている大きな2つの柱なのです。

----:その自動車の魅力とは何でしょう。

ポンタス:いままでお話をしてきたとおり、すごく自然に自動車と共に育ちましたし、年に2回から3回は、スウェーデンからフランスにスキーをしに行って帰って来るような長距離ドライブが当たり前のライフスタイルの中で育ちました。本当に自動車は自然で身近な存在でした。

また、自動車産業界で働き始めると、デザインプロセスはこうして進めていくのか、エンジニアリングはこうなんだ、それからディーラーはこうやって利益を上げているというディーラーのビジネスモデルとか、後はマーケティングではこうやって消費者の興味を喚起しているんだなど、自動車業界の内情を知ることができ、そこに触れていくにつれ、そのどれもが非常に興味深く感じたのです。子供の頃は表面的にこのクルマは格好良い、速い、すごいみたいに思っていたのですが、より深く知ることができ、とても興味深かったのです。

そして自動車産業は世界中にあり、これほど多くの人々を雇用して、GDPの何パーセントもの影響力がある産業は他にそうそうあるものではありません。自動車産業がどうにかなると経済にも影響を与え、その一方で人々の生活にも深く根ざしているのです。

◆玉ねぎの皮のような日本

----:一方の日本の魅力は?

私が日本に初めて来たのは24歳の時でした。インターネットなどない時代でしたから、寿司や漫画、それから速い電車があるよというのは聞いてはいましたが、実際に行ったことはなかったので、日本という国にすごく興味がありました。そして日本に来て実際に目にすることで、かなり早くに“恋に落ちた”といっていいでしょう。その後幸いにも職を得て、再び職業人として来日し、もっと深く知ることができるようになったわけです。

私は日本で通算24年間過ごしていますが、その間に5つの違った職務に就きました。そこで色々学んだわけですが、私はその経験がまるで玉ねぎのように感じたんですね。玉ねぎは幾層にもなっていて、一皮むくとまた新しい顔が出てきてと、いくつものレイヤーがあるわけです。そのレイヤーを剥いていくとさらに深いことが分かってくる。そうすると自分がまだあまり日本をよく理解していないということも分かって、それでさらに興味が増してまた剥いていく。未だに日本という国に対してちょっとずつ皮むきを続けていて、少しずつさらに良く分かるようになっていっているような状況です。

これは日本の魅力だと思うんです。もっともっと学ぶことがあるし、もっと新しい発見もある。例えば食べ物にしても、毎週といっていいほどまだ食べたことがない新しいものを口に入れている気がします。私にとって色々学んだり発見したりするものがこんなにたくさんある日本は本当に魅力的で、それは仕事人生において、それからプライベートの面でも非常に魅力的な国なのです。

私は非常に好奇心が強いタイプだと思っています。なので常に新しいものに出会って驚くことができる日本がすごく魅力的なんですね。ですからもしも好奇心を失ってしまったら、多分楽しみもなくなってしまうし、そうなると、仕事人として好奇心を抱き続けるということができなくなってしまう。好奇心が強いというキャラクターはいまの私の職務にとって必須ですし、とても大事だと思っています。

◆日本に帰れる

----:ポンタスさんがFCAジャパンに入られた経緯を教えてください。

ポンタス:1996年に日本ゼネラルモーターズでサーブ・ブランド セールス&マーケティングダイレクターに就任したあと、いくつかの職務を歴任し、2004年に退社。その後1年間スウェーデンに、翌年の2005年にはドイツに行ったのです。その時に現FCAジャパンへの誘いを受けました。

そのことがとても嬉しいという理由が2つありました。ひとつは日本に帰れるということ。そしてもうひとつは全く知らないブランドを知ることができるということです。2008年に日本に戻ってきた時の私の役目はアルファロメオのカントリーマネージャーでした。アルファロメオというブランドは若いクルマ好きとして欠かせない、憧れのブランドですので、そのポジションにつけるということは非常に魅力でした。

そしてその後フィアットが私のもとに来て、またアバルトをローンチすることになって、私が預かるブランドの数、子供の数が増えていったわけです。その経験自体がとても興味深くてワクワクしました。

◆イタリアとアメリカの融合

----:フィアットグループオートモービルズジャパンとクライスラー日本が統合され、2012年に新会社、フィアットクライスラージャパン(FCJ)になり、その代表に就任されました。そのときにどう思いましたか。

ポンタス:もちろんその職に任命されたということを大変光栄に感じました。GMでサーブ・ブランドに長く関わってきた経験から、アメリカの大きな自動車会社がどういうものかをよく理解していましたし、ヨーロッパとアメリカの会社とは考え方ややり方が違うので、その経験が活かせるのではないかと考えていました。

----:ヨーロッパの会社とアメリカの会社はどういうところがどう違うのでしょう。

ポンタス:例えばフィアットでは、一人がいくつもの職能を持っていて、組織がマトリックスで、多面的だということがあります。ですから何かやりたいと思い、それを達成するためには自分が行動を起こし、とにかく一生懸命なんとかやっていくしかないのですね。これは意思決定のプロセスがあまり制度化されていないようなところがあるからです。ただ、これはプロセスや思考が貧弱だということではなく、物事の動きがすごく早くて、そこに実体の組織が追いついていかないということなんだと感じていました。

一方のクライスラーは役割がきちんと定義されていて、狭いけれども深い責任がありますので、マネジメントはけっこうしやすい環境です。その一方で動きはちょっとスローかもしれませんし、かなり官僚的なところもありました。

そういったことを踏まえ、FCAジャパンでは、まず我々独自の企業文化を創らなければいけませんでした。両社の親会社から遠く離れた場所にありますし、会社の規模も全く違います。もしもう少し距離が近かったら、何かしらお手本として作る事もできたかもしれません。そこで私が考えたのは2つの会社に良いところを、取り揃えて新しい自分達だけの企業文化を創ろうということでした。それは結果的にいうとかなり成功したと思っています。成功の物差しとなっているのは、従業員がこの会社はアットホーム、安心していられるお家のような感覚を持てていることと、ワンチームという一体感が出てきたということが証明になるでしょう。

◆各ブランドのDNAは守るがマーケティングは日本に合わせて

----:ワンチームという新しい組織の形を作る上で、どういうことがポンタスさんにとって大事なことで、これは絶対に守っていかなければいけないと考えたのはどのようなことだったのでしょうか。

ポンタス:我々は日本の会社ですから日本で運営していくのですけれども、私たちのDNAはそれぞれのブランドから来ているもので、そのDNAをきちんと持っていることが一番大事なんじゃないかと考えていました。そしてそのブランドのDNAは、日本にいるからといって決して変わらないのです。

そのうえでワンチームになるべく、私達が行動様式を変えなければいけないところや、日本と融合していかなければいけない点が2つあります。まずディーラーとの関係。そして消費者の皆さんへのコミュニケーションです。

ディーラーに関しては、日本のディーラービジネスのスタイルや、やり方を学ばなければなりませんし、それを尊重しなくてはなりません。その結果、ディーラー自身が我々インポーターから、尊重されていると思ってもらわなくてはなりませんし、我々がとても効率的な会社だと思ってもらわなければいけません。

ですから本社のポリシーを押し付けたり、フィロソフィーはこうなんだと高飛車にいうのではなく、我々の方が日本のやり方に馴染んでいく、合わせていくということを一生懸命にやりました。

そして我々がここまで成功できたのは、支えてくださっているディーラーが成功しているからなのです。ディーラーと我々の関係は非常に近く、また、すごく良いものであることが成功を支えているのです。

先ほどお話したブランドのDNAというものは変わらないものですし、変えてはいけないものです。しかし、そのブランドをどのように日本でマーケティングしていくか、どのように日本の消費者の方に、これは自分たちに向けられた商品である、関係性があると感じて頂くかは、我々が日本の文化をよく理解して、適合するように努めました。

その進め方ですが、これは外国に限った話ではなく、2つのアプローチがあります。ひとつは私たちの製品を買いたいんだったら私たちのところに来てくださいというアプローチ。もうひとつは、私たちの製品を是非買って頂きたいんです。なのでどういう製品なのかご説明しますという消費者の近くに寄り添うアプローチ。そして後者を我々は取ったのです。

◆ニッチなアメ車から世界一のSUVブランドへ

----:結果としてすごく成功しましたが、その途中では様々な苦難が待ち受けていたかと思います。このビジネスを成立させるにあたって苦労したことはどういったことですか。

ポンタス:確かにいろんなことがあったのですが、ひとつ例として挙げるならば、ジープに対する人々の見方を変えたということではないでしょうか。

クライスラーを併合した時に、日本での販売はとても低迷していました。それはお客様だけではなく、社内の人たち自身もそう思っていたのですが、「ジープって何?」と聞かれたら、ニッチな”アメ車“というだけで、世界で一番素晴らしいSUVブランドというイメージではなかったのです。つまりブランドの価値を安売りしている、輝かしいブランドをわざわざ暗い片隅に追いやってしまっているようなやり方をしている印象でした。

そこでブランドの変革を図りました。アメリカ製というよりも、グローバルなブランド、究極のSUVだと位置付けました。そしてジープが持っている4つのコアバリュー(自由、冒険、情熱、本物)を前面に押し出すようにしました。そのコアバリューは私たちが作り上げたものではなく、元からあったものをただ前面に打ち出しただけなのです。

そして価格政策も見直しましたし、お客様へのコミュニケーションも見直しました。また実際にオーナーの横顔(使用シーンなど)を積極的に出すようにすることで、日本の皆さまにジープというのは、我々の生活の中に息づいているブランドなんだということ感じていただけるようにしていったのです。つまり、ジープに対する見方を、消費者にも、ディーラーにも、そして当然社員にも変えてもらいましたし、メディアにも変えていただいたと思っています。

そのように色々変えて行く中で最も大事だった、一番土台にあったのはニッチなアメ車というところから、トップのSUVブランドにするんだという決意、それが一番大事なことだったと思います。

私がジープを手がけ始めた時、販売台数は1000台。ジープに関わっている皆さんがこれだけ売れたら万々歳だと思っていたのは2000台でした。そして私は年間5000台を目指そうと申し上げたのですが、気が触れているんじゃないかと思われたでしょうね。そしていま我々は2万台近くなっています。どうしたら年間5000台売れるかという時に出てくる議論と、月に1000台売るとしたらどうしたらいいかという時に出てくる議論や考え方は違いますよね。そういう変革を起こしてきました。つまり困難を乗り越えてきたというよりは、そうやって変革を促していったという方が私の気持ちには近い言葉です。

----:当時はクライスラーのいくつかのモデルも扱っていましたが、ジープに特化させ、ワンブランド戦略としました。そこにディーラーなどからの反発はなかったのでしょうか。

ポンタス:説明してビジョンを示していきました。そこで最も重要だったのは、ジープの将来的な理想、こういうジープブランドを作り上げて行きたいという未来図を見せることです。そこに合理的な説明を加え、なおかつそれが目に見えるように、ラインナップはこうして、ショールームはこうしてとジープの未来図を示していったのです。もう一方で現状はここだということをはっきり理解していただくことで、現在と未来との差異、そしてそれを埋めるためには変わっていくことが必要だとわかっていただけた。そのようにして説得しました。

例えば同じことをいうにしても、来年は50%販売増だという言い方もありますけれども、私が取ったのは、5年間で5倍にしていきましょう、そしでその5年後にはこうなりましょうというビジョンを見せるやり方を取りました。そうすることで皆さんからのサポートが受けられたのです。

----:一方でダッジとクライスラーはやめなければいけませんでしたね。

ポンタス:人間の心理として当たり前だと思いますけれども、いま、手の中にあるものを止めるというのは本当に難しいものです。洋服でもそうで、もう着られないと思っているものでもクローゼットの奥に押し込めて取っておくでしょう(笑)。

市場が変わり、製品も進化しています。かつて、日本向けの右ハンドル仕様を本社に用意してもらうことは、自動的にできず、本社に行って、日本で売るためにはこれが絶対に必要なんだといって、本社にうんといわせなければいけませんでした。そうするとディーラーに対しても、右ハンドルを取ってきたのだからきちんと売ってもらわなければ困るわけです。その取ってきた挙句の5カ年計画ですから、製品のラインナップはこう、右ハンドルだから売りやすい。そうすると利益もこう上がってという青写真を描いて見せました。しかし、その当時のショールームの半分がダッジとクライスラー。ジープは残りの半分しかなかったらこれだけの利益を上げるのは難しいということを説明して納得してもらいました。

もうひとつ、私たちがお願いしたのは施設に投資をしてくださいということです。2つのブランドを止めるだけではなく、ジープに対する投資を増やしてくださいということをお願いしました。それも難しかったですね。

◆90点、でもチームとしては50ポイント加算

----:さて、ポンタスさんが現在のFCAジャパンに来られて13年になります。これまでを振り返ってみて点数をつけるとしたら何点でしょう。

ポンタス:……90点ですね。100点満点ではないのは、常に何かしら、もっとこうやれば良かったということが人間にはあるものです。

ただ、チーム全体としては50ポイント加算してもいいんじゃないでしょうか。その理由は消費者の方も、オーナーの方達も、それからメディアの方達も、ジープのビジネスがこんなサイズになるとは誰も想像してなかったでしょう。私たちはその関係者全員の期待を良い意味で裏切ったのです。

そしてこれはジープに限った話ではありません。たとえば日本におけるアバルトも世界を見渡しても有数の地位ですが、それも皆さんがそうなるとは思っていなかったでしょう。

さらにフィアット『500』も13年前にローンチされたクルマなのに、未だに販売記録を更新しています。これも皆さんが想像もされていなかったことに違いありません。

また、これは私の功績として申し上げるわけではありませんが、今度見ることになったフランスのブランドも、同じように皆さんの期待をいい意味で裏切って大きな成長を遂げていますね。

◆2社のインポーターを率いることでの大きな恩恵

----:さて、今後日本市場において、フランスとドイツのブランドをどのように率いて行こうかと考えておられますか。これは多分、前回のクライスラーと一緒になった時よりもはるかに難しいことが多いようにも思います。

ポンタス:その答えを持っていらっしゃるんだったら是非お聞きしたいです(笑)。ただ、いま、私はまた新たなことを学ぶ機会に恵まれたと思って、大変好奇心がウズウズしています。

フランスのブランドは、とても良いポジションにいると思います。私がFCAジャパンとグループPSAジャパンの2つのセールスカンパニーを見ることになって、恩恵が受けられることができると思っているのは、2つの会社それぞれに良いところがありますよね。それをお互いに学びあい、また私を介してお互いの会社に紹介しあうことによって、それぞれ良い相乗効果を得ることができると考えています。究極的には何をやり遂げたいかというと、例えばディーラーとインポーターの間では色々なデータのやり取りがあります。それが2つの会社それぞれでいろんなやり方で行われているのですが、それを両方の会社の英知を持ち寄って一本化してシンプルにやりやすいようにできれば、そこにかけていた無駄な時間を他の、より意義があること、例えばお客様とか、ディーラーさんのためとか、そういったことに使うことができるわけです。

私はこの2つの企業文化はそれほど違うとは思っていないんです。ひとつの共通の目標にすべき企業文化ができることで、より近づきやすいのではないかと思っています。

----:フィアットとクライスラーが一緒になったとき、それぞれの考え方をみんな認め合おうとワンフロアのオフィスを作り上げましたね。そうだとするならば今回も、また同じようにワンフロアにして、大きなオフィスの中で、それぞれがみんな自由に関係性を持てるような仕組みを取ろうということも考えているのでしょうか。

ポンタス:とても良いポイントだと思います。確かにそういうようなワンフロアでコミュニケーションを円滑にすることができれば、物理的にも障壁を取り払うことができますし、心理的な壁も取り払われることになります。

ですので、いまはまだ2つの別々の会社ですけれども、いつかちょっと期限は分かりませんが、ひとつのロケーションで一緒に働くことができたらというのはビジョンの中に入っています。

----:最後にステランティスグループを日本で率いていく上でアピールがあれば教えてください。

ポンタス:ステランティスというのは非常に魅力的な企業文化を持った会社ですし、まずなによりスケールメリットが魅力的です。

そのスケールメリットによって、いろいろなことをスピードアップすることができる、お互いの人的な資源を持ち寄ることによって、例えば製品の開発速度を早めたり、電動化の速度を早めたりということが既に視野に入っています。そういったことで受けられたスピードアップの恩恵は、究極的には日本市場、日本のお客様に還元できると感じているのです。
《内田俊一》

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